何時かの写真 #203


夕暮れ時、夏祭りの熱気が町を包み込んでいました。赤や白の提灯が並び、駅前の通りからお祭り会場までの道には、たくさんの人々が楽しそうに歩いていました。子供たちは浴衣を着て、手には金魚すくいやヨーヨーを持ち、笑い声があちこちで聞こえます。屋台の匂いが漂い、賑やかな音楽が響く中、夏の夕日が町全体をオレンジ色に染めていました。

その夕日の中、駅前の横断歩道に一台の黄色いタクシーが停まっていました。タクシーの運転手はベテランのヒロシ。今日も仕事終わりに近づき、祭りの混雑で少しばかり疲れを感じていましたが、夕日の美しさに心がほっと和らいでいました。ヒロシは窓を開けて、涼しい風を顔に感じながら信号が変わるのを待っていました。

ふと、タクシーの後部座席から小さな声が聞こえました。「おじさん、あの提灯、すごく綺麗だね。」声の主は小学3年生のユウキ。ユウキは母親と一緒にお祭りに向かう途中で、タクシーに乗っていました。お母さんは駅からお祭り会場まで歩くのが大変だからと、短い距離でもタクシーを使うことにしたのです。

ヒロシはバックミラー越しにユウキの目が輝いているのを見て、優しく微笑みました。「そうだね。この時期は祭りの提灯が町を明るくしてくれる。お祭りは楽しみ?」

ユウキは大きく頷きました。「うん!お母さんと一緒に金魚すくいをするんだ。それに、焼きそばも食べるんだよ!」

タクシーの中は一瞬にして明るい空気に包まれ、ヒロシも自分の子供の頃を思い出しました。「それはいいなぁ。焼きそばは美味しいよな。昔、僕も祭りに行ってたくさん食べたよ。」と言いながら、ヒロシは信号が青に変わったのを確認して、ゆっくりと車を発進させました。

車は横断歩道を渡り、提灯が照らす祭り会場へと近づいていきます。夕日がビルの間に沈み、提灯の灯りが一層鮮やかに輝き始めました。駅前の喧騒から少し離れ、タクシーは狭い道を進んでいきます。道沿いには、たくさんの屋台が並び、たこ焼きやかき氷、綿あめの香りが漂ってきました。

「ここで大丈夫です。」ユウキのお母さんが静かに言い、ヒロシは車を停めました。ユウキはワクワクしながらドアを開け、外に飛び出しました。「ありがとう、おじさん!またね!」と元気よく手を振りながら、ユウキはお母さんと一緒に提灯が並ぶ道を駆け出しました。

ヒロシはその光景をしばらく見守りながら、ほっとした表情を浮かべました。「子供の笑顔は、やっぱり特別だな。」と独り言をつぶやきました。彼は再びアクセルを踏み、祭りの喧騒を後にして、ゆっくりと駅に戻ることにしました。

その道中、夕日は完全に姿を消し、夜の帳が降り始めました。提灯が優しく町を照らし、駅前の信号が青く光っていました。ヒロシはタクシーの窓を少し開けたまま、涼しい夜風を感じながら次の仕事に向かいました。彼にとって、今日の夕暮れは少し特別なものになったのでした。

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